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隠れ家サロン アロマヒーリングルームはちみつ

三重県四日市のアロマセラピーサロンより

才能

私はかなり長い間
考える事を停止してた
冬眠してたんかな?

頭が悪いとか
後先考えないとか

そう言うのと違う


考える『体力』が
なかったということ


何か思考しようとしても
長年の栄養失調による
脳力低下(笑)
回すためのガソリンがカラなので
最初からあきらめるスタンスだった

考えるのにも
体力がいる。


疲れたり
痛かったり
色々しんどいと
悩む体力も
考える脳力もなくなる


私は幼少期から
色々と内省するたちだった
声には出さないけど
ココロん中で色んな呟きをしてた


栄養を考える方に回していた
栄養を浪費しやすい性質だった


栄養不足は
性格面にも大きく影響すると思う


小学校あがる前から
運動はあまり得意ではなく
手で何かをこねたり
磨き上げたりする作業が好きだった
無心になれたから

常なオーバーヒート気味の頭で
リセットというか
クールダウンする時間がそれだった

今も
一人でいる時間が必須な理由はコレだ



保育園に通っていて
リズム体操という
ストレッチやらスキップやら
楽しい時間があって
運動は苦手だけど
スキップで風を切る清々しさ
体のぐねぐね曲げるのも
面白かった


小学校にあがり
とたんに運動が
特に運動会が
大嫌いになった


大勢の見物人の前で
競わされること

行進させられること


親が見に来ること


公開処刑



全てが嫌だったし
憂鬱でたまらなかった
屈辱感がすごかった


なんでか?

人からやれ!と言われたものとか
皆で何か取り組むとか
全体で一丸となって頑張る!とかが

何かがすごく気持ち悪かった

虫酸が走るほど嫌いだった





学校爆発せんかな…
台風で中止にならんかな…

てるてる坊主を逆さにして
つるしてみたり

当時流行してた
おまじないというか
呪詛を唱えてみたりしていた

最終的に
なんとしても休みたいと
親に泣いてお願いしてた(笑)


『アホなこと言ってないで
子供らしく運動会を楽しめ』

的なコトを返されるだけで
運動会はボイコットできなかった

もともとめんどくさがりなのもあり
そのうち色々あきらめるようになり

主張するだけ
時間と体力の無駄であると

歳を重ねていくうち
染み付いてしまった


親の言うことを聞いている時
いわゆる世間的に
褒められる行動をすると
親は機嫌がよい、喜ぶ

親が喜ぶのをみるのが
嬉しかった
楽だった

それから
親の機嫌を取る事が
長い間の私の使命みたいになった


自分のやりたいことではなくて
親が喜ぶと思われることを
ずっとしてきた



成人してからも
自分で自分をもてあますほど
ややこしい人間になり


基本的スタンスは
自暴自棄。
消滅願望。
無気力。

タマシイの抜かれたような状態
言葉は右から左へ抜けていく
毎日がただ無意味に流れていく


世界は暗黒で
何も楽しいことも
幸せも
ぬくもりもない

憧れも
尊敬する人もいない



ジャンクなものを暴飲暴食して
そんなウサをはらしてるような
20代〜30代
私の世界が闇なのは
他人と世界のせいだと信じた

この仕事を始めてやっと
人らしい体験を重ねて
今までの人生も
闇ばかりではないと
やさしさも温もりもあったと気づいた。

加えて
お客さんの闇にも触れ
闇も悪くないな…と
闇と光の共存⁈みたいなものを
眺めてることで 

あなたが思ってる闇は
闇ではなく光だと感じた

あなたが思ってる闇は
誰かが作った一つの観念にすぎない

自分を大切にするというのが
どういうことか
肌でわかるようになってきた




幼少期
私が良いと感じるもの
嫌だと感じるもの

だいたい世間や親と真逆だった

友達だけは
近い感覚があった




私はプールの底で潜水して
キラキラ光る水面を見るのが大好きだった

UFOやツタンカーメンや
ネッシーや
ナスカの地上絵や
ケネディ暗殺
世界の不思議で怖い話しが大好きだった


けれど
そういった事は100点とったり
習字で一番になった時みたいに
褒められない

なんなら嫌な顔をされる


けど、今44歳でもずっと大好きだ
世間には私と感性の合う人が
意外とたくさんいるのも知った



好きなものを好きと言える人生を
生きたい


そして、人の好きも
いいね!って言える
今の私でずっといる

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